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お陰様を忘れた日本人(1

2009126

宇佐美 保

 有森裕子氏は、1992年バルセロナ五輪女子マラソンで銀メダルを獲得、更には、1996年アトランタ五輪女子マラソンでは銅メダルを獲得し私達に大感激を与えてくれました。

その上、アトランタでのゴール後のインタビューでの

自分で自分をほめたいと思います

の言葉は銅メダルの感激を金メダル以上の感激に高めてくれました。

 

 なにしろ、バルセロナでの活躍を支えられた小出義雄監督から離れた上、2年前には足の踵の手術をして出場して獲得した入賞なのですから、“自分で自分をほめたいと思います”の言葉は多くの方々の涙をも誘ったと存じます。

 

 しかし、私はへそ曲がりなせいでしょうか?

私は、涙と共に、“有森氏ご自身の苦労努力が如何程であったかは別として、小出監督とは、どのような経緯があったのかは不明ですが、当時は分かれているとはいえ、

「女子マラソンの有森」へと導いた小出監督への感謝の言葉が何故ないのだろうか?”

と不思議でなりませんでした。

 

(その後も、有森氏の口から小出監督への感謝の言葉を聞いた事がありませんでした)

 

 そして又、不思議な体験をしました。

2000年シドニー五輪を笑顔で爽やかに快走されゴールに飛び込んだ後、“監督、監督!”と小出監督に抱きつく満面笑顔の高橋尚子氏(以下、「Qちゃん」と書かせて下さい)の姿は、金メダル以上の感動を与えて下さいました。

そのQちゃんと小出監督との感動物語の本は何冊も出版され、私もその内の何冊かを購入し、感動と共に力も与えていただきました。

 

 ところがなんと、20031116日の東京国際女子マラソンで失速し、翌2004年のアテネオリンピックの出場を果たす事が出来なくなった後、

20056月には、小出監督を離れ、
某スポーツ用品メーカーと
4年間の所属契約を結び、
Qちゃんを中心とした「チームQ」を結成

してトレーニング等を始め、200511月の東京国際女子マラソンに優勝した後は、怪我に泣かされたようで、目覚しい活躍を私達に見せてくれることなく、20081028日、記者会見で引退を発表されました。

 

 

引退後は未定としながらも、
「チーム
Q」の4人のメンバーで日本全国を回り、
陸上部に所属している小学・中学・高校・大学生や市民ランナーを中心に陸上教室を開いて、
陸上の普及活動に貢献していきたいという意向を明かしているとのことです。

 

 引退会見のテレビ放送では、「チームQ」の話は出てきても、恩人である小出監督の話は、“小出監督には、今朝引退すると電話で伝えました”位しか放送されませんでした。。

 

 私はとても不思議に思い、インターネットで各新聞の記事を探しましたら、毎日新聞(20081028日)に次の記事が載っていました。

 

高橋尚子:引退会見要旨

・・・

 今あるのは小出監督がここまで育ててくださって、オリンピックだとか世界記録を出させてくださったということは、本当に大切な方です。ただ陸上のメニューをいただき、そのメニューをこなすということに専念してきた中で、(小出監督の元を離れ)自分のチームを作り、そしてそれ以外のこともたくさん学ぶことも出来た3年だったなと思います

・・・

 

 ですから、有森氏の場合も小出監督への感謝の言葉を発していたのに、それをマスコミは伝えてくれなかったのかもしれません。

或いは、丹念に探せば、今回のQちゃんの場合同様に、どこかで紹介されていたかもしれません。

でも、

マスコミは“自分で自分をほめたい・・・”を大々的に報じ、
自分を褒める事よりも格段に大事な感謝の気持ちを重視しなかった事は確かです。

 

 (科学の理論に関しても)難癖をつける性分の私には、前掲のQちゃんの言葉には不満です。

と申しますのは、小出監督への感謝の気持ちを表明した直ぐ後に“「チームQ」での3年”を重要視しているのです。
私の身勝手な希望としては、

Qちゃんは即座に「チームQ」を解散して、
小出監督の処へお礼奉公に馳せ参じて欲しかったのです。


そして、「チームQ」で学んだ事を小出監督の下で役立てていただきたいと思ったのです。
 

 でも残念な事に、次なる毎日新聞(20081029日)の記事となるのです。

 

・・・かつての師匠である小出「監督」も同じ思いなのだろう。次のようなコメントを。

 

   「『遅くなってすみません』と電話があった。まだ、2時間20分〜22分で走れるから一緒にやろうといったら、『ハッ、ハッ、ハッ』と笑っていた。僕は彼女なら40歳前後まで五輪のメダルが取れるから、(引退は)勿体ないと思っている」

 

 

大恩人である小出監督の“一緒にやろう”との申し出よりも
チームQ」の存続を選択するQちゃんに私は不満なのです。

 

 “たくさん学ぶことも出来た3年だった”という「チームQ」を解散し、何故小出監督への恩返しをしないのかが私には不思議でならないのです。

 

 小出監督にはマラソンに関する指導能力がなく、たまたま有森裕子氏、高橋尚子氏との逸材に出会っただけだとおっしゃるのでしょうか?

そして、その二人の逸材が“自分で自分をほめたい ほどに頑張っただけなのでしょうか?

 

 でも、小出監督は二人のオリンピックメダリストの他に、1997年のアテネ世界陸上選手権女子マラソンでは金メダルを獲得した鈴木博美氏を育てておられるのです。

 

(但し、この鈴木氏は、有森氏が入賞を果たし名言を吐かれたそのアトランタオリンピックの選考レースである大阪国際女子マラソンで、同五輪選考レースの最高タイムで2位(優勝は外国人)を確保しました。

しかし、2位であった為と、その時が初マラソンという事でマラソン実績が乏しかった理由により、代表の座を先輩であり、小出監督と築いた「バルセロナ五輪で銀メダル」の実績を有す有森裕子氏に奪われたそうです。

 ですから、又、バルセロナで入賞した有森氏も複雑な思いがあったと存じます)

 

 このように、

有森氏、高橋氏、鈴木氏と、名マラソンランナーを3人も
世界に送り出した小出監督の指導能力に疑いを挟む余地はありません。

 

 何故、このような小出監督に感謝の意を表さないのかが不思議でならないのです。

又、

結果だけを重視して、
感謝の気持ちを重要視しないマスコミ関係者の心が貧弱に思えてなりません。

 

 リチウムイオン電池ケースで有名な金型の名人(岡野工業株式会社経営者)の

岡野雅行氏の著作『人生は勉強より「世渡り力」だ!(青春出版社:発行)』には、
次のように記述されています。

 

義理を欠いたツケは必ず戻ってくるぞ

 俺は「義理を欠く」ってことがいちばん嫌いだ。義理だなんていうと、「古くせぇ」と思うかもしれないけど、人づきあいで義理ほど重要なものはないよ。

 最初に仕事を紹介してくれた人、情報を持ってきてくれた人、つまり、最初に井戸を掘った人の恩は、絶対に忘れちゃタメだ

 仕事がうまくいったりすると、そのきっかけをつくつてくれた人のことなんかすっかり忘れちまって、自分だけの力でそこまで行ったと勘違いするヤツがいるだろ?義理を欠いていると、そのツケは必ず回ってくるんだよ。

・・・


一度受けた恩は一生のものだと思うね。世話になったのが一回こっきりだとしても、その人が自分のために何かしてくれたって事実は、消えてなくなるわけじゃねぇんだよ。だから、感謝の気持ちにだって終わりはないんだ。

 遠く離れている人、めったに会えない人とだって、感謝の気持ちを贈りつづけていれば、つながっていられるんだよ。どこかでいつも気にかけていてもらえるもんなんだ。何かあ

つたときには、・・・

 

 このような岡野氏の著作を読むと、

岡野氏の技術は、単に「手先の技術」ではなく「魂の技術」であると思わざるをえません。
岡野氏の周囲への心遣いこそが
「岡野氏の独創性を養い続けているのでは?」と
私は思わずにはいられないのです。

 

 今回の拙文は、高橋尚子氏の引退直後から書こうとして、放置していました。

なにしろ、偉大なる業績を残された御二人にケチをつけるのも余り気持ちの良い事ではありませんから!

 

 しかし、最近の惨状に接し、やはりこの件は書かなくてはならないと思いました。
そして、次の拙文につなげたいと存じます。

 

(尚、有森裕子氏、高橋尚子氏、鈴木博美氏に関する記述の多くは、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参照させていただきました)

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